阪神・淡路大震災1.17のつどい。あらためて地震への備えを!

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地震
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1995年(平成7年)1月17日に発生した
兵庫県南部地震による大災害
(阪神・淡路大震災)では、
兵庫県を中心として近畿地方の広い地域が
大きな被害を受けました。

震源に近い神戸市市街地では被害はとくに
大きかったです。

今日は兵庫県南部地震の発生から
31年目となります。
兵庫県内各地で犠牲者追悼や関連した行事が
ひらかれています。

神戸市中央区東遊園地でも、
「1.17希望の灯り」から分灯された
竹灯籠(たけとうろう)や
紙灯籠(かみとうろう)がならべられ、
今年も
「阪神・淡路大震災1.17のつどい」が
ひらかれています。

結論から言いますね。

地震への備えでは、
わたしたちの自宅の耐震補強が
もっとも重要です。

阪神淡路大震災から今年で31年。
阪神淡路大震災でお亡くなりになられた
かたがたに謹んで哀悼の意をあらわします。

あらためて
ふだんから自宅の耐震化
非常持ち出し品の準備を
しておきましょう。

阪神淡路大震災の様子

阪神淡路大震災当時、
わたしは京都市西京区大原野西境谷町に
住んでいました。

1月17日、京都市でも震度5のゆれでした。
家は集合住宅の5階でしたが、
下からつきあげられるような衝撃で
目がさめました。

子どもたちと川の字になってベッドで
眠っていました。
子どもたちの上におおいかぶさるのが、
やっとでした。

まるで腰がぬけたように
おきあがれませんでした。
(( ノД`)シクシク…

わずか1分たらずのゆれでしたが、
ものすごく時間がながく感じられました。

食器棚がたおれて、
お皿や茶碗が外にとびだして割れて、
そこらじゅうに散らかっていました。

きゅうきょ、自治会で毛布などをあつめて
西宮市の小学校へとどけました。

小学校の近くでは、この写真のように、
まるで怪獣ゴジラがこわしたようでした。
たくさんの家がこわれて
がれきの山になっていました。

がれきで道路がふさがれていて、
救急車もなかなか来なかったようです。
がれきの下で多くの人々がなくなりました。

なので、なんとしても、
わたしたちの家がこわれることだけは
さけたいですね。

阪神・淡路大震災1.17のつどい

神戸市東遊園地では、
毎年1月17日には
灯籠(とうろう)に火をともして
亡くなられたかたがたを追悼する
「阪神・淡路大震災1.17のつどい」が
ひらかれています。

ことしは「つむぐ」の文字の
形にならべられています。

きのう(2026年1月16日)、わたしは仕事のかえりに
神戸市東遊園地にいきました。

ならべられた
竹灯籠(たけとうろう)や
紙灯籠(かみとうろう)の前で
手をあわせました。

ちかくの神戸関電ビルでも
「1.17」の文字にあわせて
部屋の蛍光灯をつけていました。

きょう(2026年1月17日)は、
日本防災士会DMI研修を
オンラインでうけていました。

午後には、
ふたたび神戸市東遊園地にいきました。

早速わたしは、
ろうそくで竹灯籠(たけとうろう)に火をともして、
亡くなられたかたがたの
冥福をいのりました。

「安らかにお眠りください。
みなさんの死を無駄にすることなく
これからも防災啓発の仕事を
つづけてまいります。
どうぞ見守っていてください」

「1.17希望の灯り」の前でも、
わたしは手をあわせて
亡くなられた方の冥福をいのりました。

阪神淡路大震災から31年。あらためて地震への備えを!

最後にもう一度、結論を言います。

地震への備えでは、
わたしたちの自宅の耐震補強が
もっとも重要です。

阪神淡路大震災から今年で31年。
阪神淡路大震災でお亡くなりになられた
かたがたに謹んで哀悼の意をあらわします。

あらためて
ふだんから自宅の耐震化
非常持ち出し品の準備を
しておきましょう。

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