私は防災士として、兵庫県防災士会に所属しており、兵庫県内で防災啓発活動をしています。よろしくお願いいたします。
1995年(平成7年)1月17日に発生した兵庫県南部地震による大災害(阪神・淡路大震災)では、兵庫県を中心として近畿圏の広域が大きな被害を受けました。震源に近い神戸市市街地での被害は特に甚大でした。本日は兵庫県南部地震の発生から30年目となります。兵庫県内各地で犠牲者追悼や関連した行事が開催されています。神戸市中央区東遊園地でも、「1.17希望の灯り」から分灯した竹灯籠や紙灯籠が並べられ、今年も「阪神・淡路大震災1.17のつどい」が開催されます。
阪神淡路大震災から30年。地震への備えは私たちの住宅の耐震補強で!
結論から言いますね。
地震への備えでは、私たちの住宅の耐震補強が最も重要です。阪神淡路大震災から今年で30年。阪神淡路大震災でお亡くなりになられた方を追悼するとともに、普段から建物の耐震化、非常持ち出し品の準備をしておきましょう。
参考記事:
阪神淡路大震災の様子

阪神淡路大震災当時、
私は京都市西京区大原野西境谷町に住んでいました。
1月17日、京都市でも震度5の揺れでした。
家は集合住宅の5階でしたが、下から突き上げられる衝撃で目が覚めました。
子供たちと川の字になってベッドで寝ていましたが、
子供たちの上に覆いかぶさるのが、やっとでした。
腰が抜けてように起き上がれませんでした。(( ノД`)シクシク…
わずか1分足らずの揺れでしたが、
ものすごく時間が長く感じられました。
食器棚が倒れて、お皿や茶碗が外に飛び出して割れて、
そこらじゅうに散らかっていました。
急遽(きゅうきょ)、自治会で毛布などを集めて
西宮市の小学校へ届けました。
小学校の近くでは、
こちらの写真にあるように、
まるで怪獣ゴジラが街を壊したかのようでした。
たくさんの家が壊れて瓦礫(がれき)の山になっていました。
瓦礫が道路がふさがれていて、救急車もなかなか来なかったようです。
瓦礫の下で多くの人々が亡くなりました。
なので、何としても私たちの家の倒壊だけは避けたいですね。
神戸市内で亡くなった人の死因

阪神淡路大震災当時、神戸市内で亡くなった人の死因について、
徳島大学の西村教授が分析した結果、
亡くなった人のうち54%の人は 外傷性窒息で亡くなっていた事が分かりました。
外傷性窒息って何なの?
家が壊れて、天井から梁(はり)や柱が落ちてきて、胸の上に乗っかる。
すると呼吸ができなくなる。息をしようとしても、グッと押しつけられて息ができなくなる。
これが外傷性窒息と言われています。
外傷性窒息では、圧迫している物を取り除けば助かります。
でも、私たち一人の力では無理ですよね。(´;ω;`)ウゥゥ
家の中に閉じ込められていても、
もし、寝ている部屋の、もうちょっと高いところで、梁や柱が落ちずに止まっていたら。
もし、建物に、もうちょっと耐震性があったら、その人は死なずに済んでいるわけなんです。
ですから、地震に備えるには、普段から、
私たちの家を耐震補強・家具の転倒防止をして、
地震が起きても家が壊れないようにしておくことが最も重要なんですね!
阪神・淡路大震災1.17のつどい

当時、兵庫県を中心として近畿圏の広域が大きな被害を受けました。亡くなられ方が6,434名、怪我をされた方は43,700名に上りました。神戸市中央区の東遊園地の「慰霊と復興のモニュメント」には
亡くなられた方5,068名の銘板が刻まれています。東遊園地では、震災が発生した1月17日に灯籠に灯りをともし犠牲者を追悼する「阪神・淡路大震災1.17のつどい」が毎年開かれています。
灯籠は公募で選ばれた文字の形に並べられ、実行委員会は、今年の文字が「よりそう」に決まったと発表しました。藤本実行委員長は、「震災を経験する中で、人と人とがつながり寄り添うことの大切さへの思いがこのことばに詰まっている。震災でいちばん培われたのが寄り添う気持ちだと思うので、30年を迎える神戸からこのことばを発信したい」と話されていたそうです。
【阪神・淡路大震災1.17のつどい】当日、阪急電車十三駅から、会場のある三宮へ向かいました。




阪急神戸三宮駅から、【阪神・淡路大震災1.17のつどい】へ向かう途中で、追悼式典の鐘の音が鳴りました。
残念ながら、鐘の音の時刻には、間に合いませんでした。(´;ω;`)ウゥゥ

今日は今から仕事なので、会場を後にしました。

仕事の帰りに再び、【阪神・淡路大震災1.17のつどい】会場へ向かいました。
早速、竹灯籠にろうそくで火をともして、阪神淡路大震災で亡くなられた方の冥福を祈りました。
「安らかにお眠りください。皆さんの犠牲を無駄にすることなく、これからも防災啓発の仕事を続けてまいります。
どうぞ見守っていてください。」



希望の灯りの前でも、手を合わせて亡くなられた方の冥福を祈りました。

慰霊と復興のモニュメントの前でも、手を合わせて亡くなられた方の冥福を祈りました。


すっかり日の落ちた会場では、ルミナリエのイルミネーションも点灯されていました。
今年も、【阪神・淡路大震災1.17のつどい】に参加して、阪神淡路大震災で亡くなられた方の冥福を祈り、
改めてこれからも防災啓発の仕事を続けていく決意をしました。


これで私たちはもう安心!

毎年、1月17日になると、阪神・淡路大震災を思い出します。もし、兵庫県南部地震のような巨大地震が起こって、私の家族や友だちが亡くなったり、長い間停電になったらどうしようと心配でした。
地震が起こった時に備えて、今は私たちの家を耐震補強して非常持ち出し品の準備をして、そんな心配も私たちには無くなりました(笑)本当に良かったです。
これで私たちはもう安心ですね!
阪神淡路大震災から30年。地震への備えは私たちの住宅の耐震補強で!
最後にもう一度、結論を言います。
地震への備えでは、私たちの住宅の耐震補強が最も重要です。阪神淡路大震災から今年で30年。阪神淡路大震災でお亡くなりになられた方を追悼するとともに、普段から建物の耐震化、非常持ち出し品の準備をしておきましょう。






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